ブログトップ

Rune guitar

runeguitar.exblog.jp

ギターリペアと日々のコト・・・

<   2010年 11月 ( 2 )   > この月の画像一覧

 前回に続き絵の話し。ギターの話し期待してた人ゴメンなさい。エミールクラウスの他にも良い画家はいたので、やはりそちらにも触れておきたい。

 ラーテム村のアーティストには、エミールクラウスよりも前に第一世代と呼ばれる人たちがいた。代表格はラーテム村出身のアルベイン ヴァン デン アベールと、転入組のジョルジュ ミンヌ。このミンヌの作品は絵画だけでなくブロンズ像も出展されていて、”ひざまずく少年”というのが凄かった。

c0179274_071676.jpg

そんなに大きな作品ではない。高さ1メートル無いくらいだったかな。タイトルにある”ひざまずく”というのがオリジナル通りなのか判らないが、まぁ、大抵は何か悔い改めてるか絶望的な程に打ちひしがれている時に使われる言葉だ。うん、まさにその通りの苦悩の表情。僕はあまり立体の作品というのは興味なかったので他を知らないのだが、下手すると生身の人間よりも深いものを感じさせるその面持ちは、そのまわりの空気感を一変させていた。また、これにかなり近い”聖遺物箱を担ぐ少年”というのも出展されていた。


c0179274_23493199.jpg

そしてそして、第二世代からレオン ド スメットの”室内あるいは恋人たち”という作品。部屋の空間を目一杯使い、人物は右下に配置。壁にある2枚の大きな絵は実在する自身の作らしい。で、中央付近の白い彫像。これが先述のミンヌ作”聖遺物箱を担ぐ少年”。この像を含め、他にも皿や室内の造り等が”読書”というもう一つのレオン作品に登場している。仲良かったんだね。

 余談だが、レオンにはギュスターブ ド スメットというお兄さんがいて、彼の作品もたくさん展示されてたけど、どちらかと言えばギュスターブは大胆な路線変更後の1920年代に描かれた作品が評価されてるらしく、展示数もそっちの方が多かった。正直、印象主義では弟の方が断然上手いと思うよ。”白樺”や”林道”という作品では、え?3D? みたいな錯覚に陥らせてくれる。なんか出っ張って見えるんだ。不思議〜。

c0179274_23493712.jpg

 同じくレオン作 ”桃色のハーモニー” これなんかは兄貴にゃ描けないだろうなと思う。いや、別にけなすつもりは無い。兄は兄で違う道を選んだのだし、それで正解だろう。ただ、僕は弟に惹かれるかな。
 この作品ではエミール譲り?の印象派技法、点描プラスアルファが発揮されている。解説によれば、人物とりわけ胸の辺りは点描を控え、かつての写実的筆致になっているのだそうだ。結構大きな作品で、胸元は目線よりも上の方だったため肉眼ではよく判らなかったけど、そういうところに別の思考が働いていた辺りが、やっぱひと味違うかなと。ん..その..兄貴とね..。


 さてさて、なんだかんだでやっぱり面白かったよ、今回は。実はコレより前に”遥かなるロシア展”(だったかな)というのも観に行ってたんだけど、そっちはいい作品が思ったより少なかったからね。こういったメインとは違う人に出会える作品展はとても嬉しい。つまりはあんまり知らない方がいいってコト??  

お土産のベルギー王室御用達のクッキー、おいしかったっス。デハデハ。
[PR]
by rune-guitar | 2010-11-03 01:53 | 絵の事
 ちょっと前になるが、渋谷のBunkamuraでエミールクラウスの作品を見て来た。正しくは”フランダースの光 ベルギーの美しき村を描いて”というタイトルになるが、ベルギー北部フランダース地方のシント・マルテンス・ラーテムという村に集まった作家たちの作品展だ。

 彼らは都会を嫌い、静かな田園の広がるこの村の美しさと、そこに暮らす農民たちの姿を生き生きと描いている。エミールクラウスはその第二世代に活躍した人で、1880年代後期までは写実主義に近い作風だが、90年代頃からモネの影響で印象派っぽい描き方に変わっていく。前に観に行ったフェルメールと作風は違うものの、こちらも光りを描くのが上手い。リュミニスム(光輝主義)というんだそうな。

 フェルメールとの決定的な違いは、フェルメールが室内の窓から差し込む光り(と、その反射光)を見事に表現する一方、エミールは殆どが屋外の絵だ。しかも逆光。描く人物像も、フェルメールはそこそこ裕福な人たちを描いているが、エミールは農民が主役だ。まぁ、国も違えば生きた時代も200年以上違う訳で、比べること自体がナンセンスなのだが、要するに2人が僕の好みの画家だというコトだ。


c0179274_138587.jpg

 ”ピクニック風景” これが今回の目玉だったんじゃないだろうか?手前にいる家族は地元の農民たち。草ぼうぼうの荒れた野原で、食べ物はあるのか無いのか判らないが、子供たちは親のそばから離れずにいる。お父さんらしき人はいない。一方、川を挟んで向こう岸には都会から来た富裕層の連中が優雅に楽しんでいる。キレイに手入れされた草原。川には食事を用意しているのか船が停まっている。メチャメチャ格差を付けて対比させているが、主役はこちら、農民たちだ。この作品では、まだ写実的表現がハッキリしていて実に見事。完璧なデッサン。光りの扱い方。絵というものの定義が判らなくなる程の傑作。


c0179274_1113532.jpg

 もう一つ、”夏の夕暮れ”という作品。やはり川を背景に貴婦人がティータイム?なのかな。テーブルには2人分のカップ。椅子も2脚あるが、連れはどこいっちゃった?。なんか、寂しげな疲れたような女性。これと好対照なのがこちら。

c0179274_1401967.jpg

”刈草干し”新聞広告に使われていたので、絵に興味無い方も見覚えあろうかと思う。もう既にこの作品ではモネ風なタッチに変わってきているが、描かれてる人物の生きていく為の強さのようなものはモネじゃないな。逞しいよ、裸足だもん。この人物と同じかと思われる女性が”レイエ川沿いを歩く田舎の娘”という作品にも描かれているが、やはり ”この土地で生きる” みたいなチカラ強さを感じるなぁ。思いっきり逆光だし。
c0179274_1411571.jpg

この他にもちょっと注目の画家がいたんだけど、それはまた後ほど。

そう、Curion情報もUPしないとな。ん、まぁ、とりあえず...ちょん。
[PR]
by rune-guitar | 2010-11-02 01:56 | 絵の事